ハーバード大学のマイケル・サンデル教授が書いたベストセラー「これからの正義の話をしよう」を読みました。中学生には少し早いかもしれませんが、考えさせたい内容だと感じました。サンデル教授は授業の中で様々なモラルジレンマを例に出します。モラルジレンマは、中学校の道徳の授業でも考えさせる事ができます。今回は道徳教育で使えるモラルジレンマについて書きたいと思います。
①ハインツのジレンマ
「ヨーロッパで一人の婦人がたいへん重い病気のために死にかけていた。その病気は特殊な癌だった。彼女が助かるかもしれないと医者が考えるある薬があった。それはおなじ町の薬屋が最近発見したラジウムの一種だった。その薬の製造費は高かったが、薬屋はその薬を製造するのに要した費用の10倍の値段とつけていた。かれはラジウムに200ドル払い、わずか一服分の薬に2000ドルの値段をつけたのである。病気の婦人の夫であるハインツはあらゆる知人にお金を借りに行った。しかし薬の値の半分の1000ドルしかお金を集めることができなかった。かれは薬屋に妻が死にかけていることを話し、薬をもっと安くしてくれるか、でなければ後払いにしてくれるよう頼んだ。だが薬屋は『だめだ、私がその薬を発見したんだし、それで金儲けをするつもりだからね』と言った。ハインツは思いつめ、妻のために薬を盗みに薬局に押し入った」。
ハインツの行いは正しいですか?間違っていますか?世の中には白黒つけられないことがあるということをモラルジレンマ教材は教えてくれます。
②トロッコ問題
マイケルサンデルさんが授業で扱ったトロッコ問題です。生死を扱うので、学校教育には向かないかもしれませんが考えさせられる内容だと思ったので載せます。
線路を走っていたトロッコの制御が不能になってしまいました。このままでは前方で作業中だった5人が猛スピードのトロッコに避ける間もなく轢き殺されてしまいます。あなたは、たまたま線路の分岐器のすぐ側にいます。あなたがトロッコの進路を切り替えれば5人は確実に助かります。しかし、あなたが分岐器を切り替えたなら、別路線で作業している別の作業員1人がトロッコに轢かれて確実に死ぬことになります。あなたは分岐器を操作するべきでしょうか?
※5人の作業員はこの手段以外では助けることができないものとする。また法的な責任は問われません。道徳的に見て「許される」か、「許されない」かで答えてください。
・・・答えは出ましたか?
この問題には派生問題があります。以下の通りです。
あなたは前回と同様に5人の作業員が暴走したトロッコの進行方向にいてこのままでは作業員5人がひき殺されてしまうことを知っています。今回は線路は一本で、分岐させることはできません。あなたは線路の上にある橋に立っており、横に体格の良い男性がいるものとします。男性はかなり体重があり、もし彼を線路上につき落として障害物にすればトロッコは確実に止まり5人は助かります。しかし、男性を突き落とした場合、男性がトロッコに轢かれて死ぬのは確実です。男性は状況に気づいておらず自らは何も行動しませんが、あなたに対して警戒していないので突き落とすのに失敗するおそれはありません。あなたは男性ををつき落とすべきですか?
※前述の問題と同様、あなたにはつき落とすかつき落とさないかの選択肢以外は無いものとします。
男性ほど体重の無いあなたが自ら飛び降りてもトロッコを止められず、またその事実をあなたは理解しています。罪には問われないものとします。前回と同様、道徳的にみて「許されるか」「許されないか」で判断してください。
どうでしょうか?子どもには残酷な話で教育的ではないかもしれませんが考えさせられる問題です。
トロッコを分岐させることも、一人を突き落として脱線させることも1人を積極的に死に追いやり5人を助けるという点で等しいといえます。しかし多くの人が、1番目の質問では
1人を犠牲にすることは許されると答えるのに対し、2番目の質問では1人を犠牲にすることは許されないと答えます。
モラルジレンマの考え方の違いがはっきりとわかる良問だと思います。マイケルサンデル教授によると、この問題を考える時のポイントは「功利主義」だと言います。4人が死ぬより1人が死ぬ方がマシであるという考え方です。この考え方でいけば、分岐器は操作すべきですし、橋から男性を突き落とす方が道徳的だと言えます。反する考え方は「1人の人間の権利は何人にも奪う権利はない」という考え方です。「基本的人権」に少し似てますね。義務論ともいうそうです。何人も他の目的のために利用すべきではなく、何もするべきではないという考え方です。全体の幸せをとるのか、個人の権利を守るのかがジレンマなのです。
アーシュラ・K・ル=グウィン(1974) のお話で、前述した功利主義と義務論のジレンマの問題です。
“オメラスの美しいある公共建造物の地下室に、でなければおそらくだれかの宏壮な邸宅の穴蔵に、一つの部屋がある。部屋には錠のおりた扉が一つ、窓はない。わずかな光が、壁板のすきまから埃っぽくさしこんでいるが、これは穴蔵のどこかむこうにある蜘蛛の巣の張った窓からのお裾分けにすぎない。” “その部屋の中に一人の子どもが坐っている。男の子とも女の子とも見分けがつかない。年は六つぐらいに見えるが、実際にはもうすぐ十になる。その子は精薄児だ。” “その子はもとからずっとこの物置に住んでいたわけではなく、日光と母親の声を思いだすことができるので、ときどきこう訴えかける。「おとなしくするから、出してちょうだい。おとなしくするから!」彼らは決してそれに答えない。その子も前にはよく夜中に助けをもとめて叫んだり、しょっちゅう泣いたりしたものだが、いまでは、「えーはあ、えーはあ」といった鼻声を出すだけで、だんだん口もきかなくなっている。その子は脚のふくらはぎもないほど痩せ細り、腹だけがふくらんでいる。食べ物は一日に鉢半分のトウモロコシ粉と獣脂だけである。その子はすっ裸だ。” “その子がそこにいなければならないことは、みんなが知っている。そのわけを理解している者、いない者、それはまちまちだが、とにかく、彼らの幸福、この都の美しさ、彼らの友情の優しさ、彼らの子どもたちの健康、学者たちの知恵、職人たちの技術、そして豊作と温和な気候までが、すべてこの一人の子どものおぞましい不幸におぶさっていることだけは、みんなが知っているのだ。”
1人が不幸になることでみんなが幸せになる場合、その不幸は容認されるべきかどうか・・・怖い問題ですね。
③ベビーM控訴
不妊に悩むスターン夫妻は、2児の母メリー・ベスを代理母として高額な報酬を条件に契約を結んだのですが、出産後、代理母は子どもに愛着を抱き、引渡しを拒否、夫妻は提訴する。さあ、あなたが裁判官だったら、この契約は有効か無効かどう判断するか?
④ 引越しの手伝い
クマさん、パンダさん、ネズミさん、イヌさんの4人でおじさんの家の引越しの手伝いをしました。クマさんは力持ちなので大きくて重い荷物をたくさん運びました。パンダさんは荷物をどかしたあとのホコリを掃除機できれいに吸い取りました。ネズミさんは小さな荷物を何回も何回も運びました。イヌさんは、4人の中で一番年上なので、みんなの様子を見ながら、「これはクマさん」「これはネズミさん」と指示しました。一日中働いてくれたので、おじさんんは喜んでみんなにご褒美としてノートをあげようと思いました。ノートは全部で30冊あります。どのようにノートを分配するのがいいですか?
この問題はホームページ
「道徳の実践」←リンクから引用させていただきました。他にも授業に使える面白い教材がたくさん載っているので参考にしてみてください。
いかがでしたか?モラルジレンマは善悪を判断する力を育むことができるように思います。生徒の身近な内容で考えみても面白いかもしれませんね。私がパッと考えついたのは
- アイドルは彼氏をつくってはいけないの?
- 1円玉を拾ったら警察に届けるべき?
- やられたらやり返すは正しい?(ハムラビ法典について)
- 私の価値観は、親の価値観?
などです。いかがでしたか。モラルジレンマに興味をもたれたならおすすめの本があります。
モラルジレンマ教材でする白熱灯論の道徳授業
この本では様々なモラルジレンマが紹介されています。挿絵等もあり、そのままプリント教材としても使えます。ぜひ、道徳の授業で使ってみてください。
小学校編もあります。小学生や中学1年生で幼い生徒が多い場合はそちらも見てみてください。
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