ふたばのブログ〜理科教育と道徳教育を科学する〜

10代の9割「やばい=素晴らしい」の理由②感情の未分化

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前回の続きです。

感情の未分化

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最近、感情の乏しい子どもが増えているといいます。確かに学校で子どもを見ていると

  • 感情の起伏が少なく常に周りを伺いながら生活している子ども
  • 感情の起伏が激しく感情に振り回されて生活している子ども
といった感情面に両極端な課題がある子どもが増えているように感じます。皆さんの職場ではどうでしょうか?このような感情面の課題はどこから生じているのか?私は感情の分化がうまくいかなかったからだと考えています。
大人の感情は大きく
に分けられます。

喜怒哀楽について

これは誰もが知っていることですね。しかし
 
「喜びと楽しみって何が違うの?」
 
と聞かれてすぐに答えられる大人は多くはないのではないでしょうか?
しかし、話し言葉では、みな上手に二つを使い分けています。下の問題を見てください。
 
下の•••に入るのは「喜ぶ」「楽しむ」
のどちらでしょうか?
 
宝クジが当たって•••
遊園地に行って•••
志望校に受かって•••
部活の大会で優勝して•••
カラオケに行って•••
 
 
 
 
 
正解は
 
宝クジが当たって喜ぶ
遊園地に行って楽しむ
志望校に受かって喜ぶ
部活の大会で優勝して喜ぶ
カラオケに行って楽しむ
 
ですね。違いを説明できない人でもなぜかできてしまうのが不思議です。さて、違いはわかったでしょうか?この内容は道徳の授業などで子ども考えさせたい内容でもあります。
 
答え合わせをします。
 
喜びは
「可能性が低い」「予測困難」であることに使います。
 
楽しみは
「可能性が高い」「予測可能」であることに使います。
 
考えてみるとその通りですね。
この違いが分かるとあることに気付かされます。
それは
「今の子どもたちは喜びではなく楽しみばかりを求めている」
ということです。
子どもの口癖になっていませんか?
「おもんない!」
(楽しくない!)
授業中に生徒から「おもしろくない」と言われた時には「学校はテーマパークちゃうんじゃ〜」と叫んでいますが、行動基準が「面白いか面白くないか」になっている子どもをよく見かけます。悲しいことだと思います。彼らには喜び」という感情が欠如してしまっているのではないでしょうか。彼らは努力して志望校に受かりたいとは思いません。苦労してまで部活で勝ちたいとは思いません。理由は簡単。「喜び」という感情がない(弱い)からです。
では、なぜ彼らは「喜び」を無くしてしまったのでしょうか?厳密に言うと無くしてはいません。成長過程で喜びを生み出せなかったのです。
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ここで感情の誕生について説明します。喜怒哀楽の感情は生まれながらにもっているものではありません。生まれたばかりの赤ちゃんの感情は二つ。
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「快」「不快」
 
 快と不快

お腹いっぱい、温かい(適温)、安心は「快」
お腹減った、痛い、暑い、寒い、不安は「不快」
分かりやすいですね。赤ちゃんはこの「快•不快」の中で生きています。しかし、成長の過程で様々な経験をして、「快」という感情が「楽」と「喜」に分かれます。「不快」という感情が 「怒」と「哀」分かれます。これを感情の分化と言います。
上にあげたような感情に課題をもつ子どもたちは、この感情の分化がうまくいっていないと考えられます。。
  • 感情の起伏が少なく常に周りを伺いながら生活している子ども
は快•不快が分化せず、自分の感情をうまく表現することができません。しかし、快•不快としての感情はあるため、不快から逃げようと相手の顔色ばかり伺うようになってしまうのです。また、このタイプはストレスをため込みやすく、内に秘めた攻撃性をもち、ネットやSNSなど自分の安全が確保された場所(不快にならない場所)で攻撃対象を見つけると容赦なく攻撃します。ネットいじめなどはこの影響が少なくないと私は考えています。
  • 感情の起伏が激しく感情に振り回されて生活している子ども
はいまだに快•不快の中で生きています。いうなれば身体と脳みそだけ大きくなった「赤ちゃん」です。彼らにとって、自分に「快」を与えてくれる人間は味方、「不快」を与えてくる人間は敵です。教師は例外なく「敵」になるでしょう。
二つの事例に共通するのは、成長過程での感情の分化がうまくいかなかったということです。そんな彼らの口ぐせはどうなると思いますか?私の考えは
快→ヤバイ
不快→ウザい、ムカつく、ダルイ、おもんない
です。この仕事をしていて聞かない日はないのではないでしょうか?

生徒に寄り添う指導とは

最近
「生徒に寄り添いましょう。」
といった教育理念がもてはやされますが、これは感情が未分化な生徒に対して「私たちは味方だよ」(快を与えるよ)と伝える「苦しい対応策」に他なりません。本来教師は時に厳しく、時に優しく規律をもって子どもに接するのが正しい姿ですが、このような感情に課題のある生徒に対しては、
「規律を教えて子どもの敵になるよりも、まず寄り添って子どもの味方になろう」
としなければ指導が通りません。しかし、このような指導を続けていては、一般の生徒にとっては「先生は私たちには厳しいのにあいつらには甘い!」「不公平だ!」と不満を募らせてしまいます。結果として、学級運営には一般の生徒に現状を理解させたり、ガス抜きをしたりと難しく、きめ細やかな対応が求められます。問題行動を起こす生徒への対応で手一杯の若い先生にとってはこの一般生徒の対応ができず、学級運営がうまくいっていない状況が多々あるように思います。
このように感情の未分化は学校教育で様々な問題を引き起こします。次の記事に書きますが、感情の分化は家庭教育によるところが大きいです。しかし、家庭教育のせいにしたところで目の前の生徒は何も変わりません。問題を解決するためには感情の分化を促進したり感情のコントロールの仕方を学校生活(集団生活)の中で教えていくしかないのです。
「教師は授業で勝負」
とよく言われます。私もその通りだと思います。このブログも理科の授業内容がメインです。しかし、道徳教育、感情の教育など学校に求められるものは年々増えいきます。学校の先生の負担が増えていく中でも、世間の目(一部)は厳しいものがあります。そんな中でも学校の先生は目をキラキラさせて、夢を語る子どもたちにとって素晴らしい「大人のモデル」であって欲しいと心から思います。
 

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